Moonlight scenery

          Gale in the springvv
 



          




 海の色から重たげだった藍が薄れて、空の色にはスミレ色の甘さが滲み始める。雪には縁のないこの国でも、それなりの気温にはなる冬が、ようやっと重い腰を上げた気配のここ数日ではあるのだが、いかんせん、だからって陽気まで晴れやかになるか…というと、実はそうでもなくて。温暖小雨、乾燥した晴天が多い気候が“売り”の地中海も、さすがに冬場からこっちの春先だけは、土地を潤すのに必要な雨が多く降るシーズンであり、
「そういえば、他のシリーズでも言ってらっしゃいましたよね。西欧の“ジューン・ブライド”のお話で。」
 そうそう。欧州の殊に南の地方、地中海沿岸などでは、夏はただただ乾くのを何とか補うように冬から春先にこそ雨の日が多く。六月になったらやっとのようにそんなシーズンが終わってカラッと晴れる日が増えるので、それで六月に婚礼が多かったのを差して“六月の花嫁
(ジューンブライド)”なんて言い方が始まったそうで。
「結婚か〜。」
 久々の晴れ間の爽快感に、思わずのこと、テラスで“う〜ん”なんて大きく背伸びをしていた、第二王子付き“佑筆”こと書記官のナミさんが。体を伸ばしたそのついで、どこかしみじみしたお声になったのは、
「ウチの王宮に限っては、当分 縁がない話だななんて思ってたけれど。」
 エース皇太子は冗談抜きにそろそろお嫁様を迎えられてもいいお年頃だし、まま、そちらは何たって先の“王妃様”ファーストレディ選びでもあるのでそうそう簡単に運んじゃあいけないにしても、
「実はルフィへも降るような縁談話が来てんですよね、これが。」
 今、その白い手で支えもって眺めているのは業務連絡の書類を挟んだバインダーだが、似たような大きさ・仕様の作りをした、麗しきご令嬢たちのポートレイト(プロフィール付き)というものが、王子様のお誕生日や年度変わり、季節の変わり目なんぞのご挨拶と共に折々にどっと届いていたりして。
「そういうの、虎視眈々って言わない?」
 各国の王族筋や貴族階級の方々、富豪や著名文化人といった、所謂“セレブリティ”のお嬢様たちが、ルフィより年下から上は…、
「やだ、そういうことは問うちゃダメなのよ?」
 恋に恋する女性はいつまでも“乙女”なんだからと、うふふんvvなんて悪戯っぽくも可愛らしい微笑い方をした、若々しくも美しき書記官様には、金髪の隋臣長様、ついつい手元がお留守になるほど見取れてしまったが。
「? サンジくん?」
「………はい?」
 ああ、はい、えっと。一体何の話をしてましたっけ。切れ者で通っている隋臣長さんでもこれですから、春の女神の笑みの、何と最強であることか。
(苦笑) それはともかく、
「まあ、一応は社交界デビューも済ませていますからね。」
 国の規模も小さいし、長閑なばかりの農漁業と観光の国。はっきり言ってメジャーな国とは言い難く、一般の方々には名前すら知られてはいないかもというような存在なれど。その卓越した情報収集能力とそれにより蓄積されたる財力からなる“発言力”の凄まじさは、列強各国の首脳陣の間でも知れ渡っていて久しいという、何とも恐ろしい国でもあったりし。そんな国のお年頃の王子様、しかもそれは愛らしくて社交界でも人気者で、先々では外交のお仕事に就く予定と来れば、こんな“掘り出し物”はないというもの、御令嬢たちやその親御様がたが見過ごす筈もなく。欧州の社交界や外交の場と言えば、ある程度の年齢に至った男性は、夫人、若しくはそれなりの格や間柄の女性をエスコートして行くのが、礼儀というのかステータスというのか、セオリーになっており。今のところは同席出来るようならば兄弟国の王女であるビビ様にフォローいただいたりもするものの、そのポジションを狙っている女性も年々増えつつあるということか。
「何も20歳がキリがいい数字だからって訳でもないのでしょうけれど、この春はそっちの方も山のように届いてるんですってね。」
「ええ、まあ。」
 ………そうでした。五月には20歳なんでした、こちらの王子様。
(がびーんっ!) ならば尚のこと、そういうお話も来て当然というノリであり、
「でも、ウチのしかもルフィに限ってはね。」
 賑やかなこと、お祭り騒ぎは大好きだけれど、さすがに“大使”として赴く席への礼儀くらいは一応心得てもいる彼であり。ただ、普段が普段なので、その はっちゃけぶりを押さえるのに相当な無理を強いられることとなるので、
「よっぽど気心が知れてる女性でないと、お互いに大変でしょうよねぇ。」
 うんうんと、感慨深げに頷くサンジさんの、やたら大仰な態度へこそ、
「〜〜〜〜〜。」
 ナミさんたら、吹き出しそうになるのを堪
こらえるのが大変という心情になってたりして。(苦笑)
“だぁって、国王陛下や皇太子殿下と同じ“言い訳”なんですもの。”
 ご自分が出向いた先にてルフィへのその手の話の打診を受けると必ず、戻られてからのご機嫌が悪くなるところが父と子とでまったくお揃いの、困ったちゃんなお歴々筆頭の方々。ルフィへの過保護さとそれからそれから。まだまだ“嫁”なんて存在なんかに奪われてたまるかという、彼らの胸中の本音が聞こえて来るようで、これが笑わずにいらりょうか…というところ。そういう今更な方便を繰り出す周囲はともかくとして、

  「で? そのモテモテ王子はどうしてらっしゃるの?」

 確かお勉強の時間ではなかった筈だがと話を振れば、
「今頃は俺が出した“宿題”を消化中ですよ。」
「??? 宿題?」
 キョトンとする春の女神様へ、それ以上は語らず。こちらさんお得意の艶やかな笑い方をして誤魔化した隋臣長様でございまして………。





            ◇



 さてとて、噂になってた男の子、お尻の小さな…かどうかまでは知りませんが。(おいおい“キューティー・○ニー”かい)R王国の現国王直系の次男坊、モンキー=D=ルフィ第二王子は、一体どこで何をしているのかと言えば。ご自身の居室にて、優雅に心和ませながらも、執務の一環でもあること、レセプションなどの場でご挨拶をいただいた方々へのお便りをしたためておいでになり。
「…物は言いようだよな、それ。」
 あらあら何ですよう、いきなり。殿下へのせっかくのご紹介に、難癖つけるんですかい? 護衛官殿。図々しくも出しゃばってた筆者へ、いかにも胡散臭いと言いたげに鋭角的な目許を眇めて見せたは、第2王子専属の護衛官にして、公的には“居るけど居ない”ことになってるロロノア=ゾロ氏。
「…説明的なご紹介をありがとよ。」
 いえいえ、厭味な言いようをどうもです。話を戻しますが、物は言いようってのは聞き捨てなりませんな。何か間違った描写がありましたでしょうか。
「確かにルフィは“執務の一環”とやらを手掛けちゃあいるがな。」
 はいはい。
「あれは、そうまで丁寧に綴られるような姿勢じゃあないと、俺は思うぞ?」
 あははのはvv 一応は“やんごとなき方”なんで、畏
かしこまって書いてみましたが…確かにねぇ。何せ、陽あたりのいい居室、つまりはプライベートルームの真ん中で、木綿の生地をやわらかく縒った、それはそれは肌触りのいいラグの上に長々とうつ伏せに寝そべって。お膝から先を立ててぶ〜らぶら揺らしもっての鼻歌交じり、何やら書き付けている王子様であり、
「よっし、出来たっと。」
 ふにふにふに〜〜〜と単純作業のようにこなしていた“それ”を終えたらしいそのまま、やっこらせと身を起こし、バインダーに挟まれていた一式をぱらぱらと指先で弾くようにめくって、書き漏らしがないかを確認している彼だったが、
「…そんなんでホントにいいのか?」
 何だかな〜と、今ひとつ飲み込めないものを抱えているらしき護衛官さんに声を掛けられて。ラグの上にぺたりと座り込んだままな、気の早い七分丈のチノパンにスモークピンクのスムースジャージとカーディガンなんてな軽装でおいでの王子様、
「良いんだってばvv
 にひゃ〜〜〜っと、妙に楽しそうな笑顔で返して下さって。
「だがなぁ。それってあちこちのレセプション会場で知り合って、わざわざ手づからお手紙下さった、大使の子息だの名家のご令嬢だのって皆さんへの、お返事とかお礼状なんだろう?」
「そだぞ。」
「だってのに、全部…つか、本文の部分はナミとサンジとで半分ずつを“代筆”した手紙なんだろ?」
「そだぞ。」
 だってほら、俺って悪筆だしよ…と言うからには、へべれけな字しか書けないという自覚はあるらしい。そこで、綺麗な字で素敵な文章を書けるお姉さんとお兄さんに本文は任せた上で、
「サインくらいは自筆じゃないとな。」
「じゃなくってだな。」
 いくら今時でもメールでのご挨拶では少々失礼な格の方々へのお便りなのでと、誰ぞの手になる“肉筆”のお手紙でないと…というのが昨今の礼儀なのは、根っからの武闘派な自分でも判るのだけれどという前置きの下に、
「1通1通の中身はお前、ちゃんと読んであるのか?」
 そこがどうにも気になってたらしい、緑頭の護衛官殿の質問へ、

  「ん〜ん。」

 無邪気にかぶりを振ったのへ。ああやっぱりな、予測はしておりました。だからこそ、見ぬ振りをしきれずに違和感を抱えてた自分でありますと、その大きな肩をがっくしと落としたゾロだったりし。
「だってナミとサンジが考えた文面だったらサ、俺なんかが書いたもんより何倍も大丈夫なんだもん。」
 胸を張って言い切って良いことなんだろか、それ。
(笑) まま、社交におけるレベル的な問題と、信頼度って観点から鑑みればそれもまた“正解”ではありましょうが、
「いや、だから、そうじゃなくって。」
「じゃあ何なんだよ。」
 むむっと唇を尖らせる王子様からの注視に、何て言やいいものかなと、眉間にしわを寄せて“う〜ん”なんて唸ってるくらいだから。彼にしたって、即妙な言いようがすぐさま思いつけるタイプではない。だがだが、それって何か訝
おかしいというのは肌合いで感じ取れたらしくって。
「…不誠実とか、思わないのか?」
「フセイジツ?」
 うん、と。大きく頷いたお兄さんであり。そんな彼へと…真っ直ぐな眼差しを返した王子様。

  「まあ、サンジが考えた文面の方は怪しいかもしんないな。」
  「そうじゃなくって。」

 こんな反応が素早く出たことへは隋臣長からもツッコミが入りそうだったその言いようへ、
「内容云々じゃなく、やり方だ手段だ、お前の態度だ、その気構えが問題だと言うとるんだ。」
 実は結構 生真面目というか、物の道理とかに目を配れる人だったらしいゾロさんだったりするですが。…それって、一昔前なら気が利いてたんでしょうけどね。今の時代では立派な“不器用”さんでしかないのにね。

 「いくら手書きでも、そんな気持ちで書かれたもんじゃあ有り難くねぇだろうがよ。」
 「いいんだよ。どうせ向こうだって判ってるんだろうから。」
 「じゃあいっそ返事なんか出すな、様々な労力と紙の無駄だ。」
 「そういう訳には行かないんだと。」
 「なにぃ?」
 「こういうのがひいては外交の基本だって、サンジに説教されたもん。」
 「…説教された?」
 「うん。随分昔に俺も今ゾロが言ったようなことをサンジに言ったことあんの。」
 「ふ〜ん。」
 「そしたらそう言い返された。」

 労力や資源の無駄ってのも厳密には微妙に違うんだって。便利になったことでお仕事が奪われてる人がいるでしょう? でもね、昔からのゆかしい手順や厳格さは、ある程度は残さなくてはならないものだから。お手紙の形式とか、こういう管轄を通って送ったり受け取ったりっていう各部署の機能維持とかのためには、おいそれと廃していいことじゃあないんだって。


   「………ふ〜ん。」


 微妙に理屈が判る、そんな身の哀しさよ。納得させられ、頷いてしまっているゾロさんだったりするのだが。ちょっと待て、あなたが言いたかったこととは論旨が微妙にズレとるぞ? 早く気がつかんか、おいっ!
(苦笑)








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  *お久し振りの王子様ですvv
   こちらの坊っちゃんもこの五月で20歳ですよ、20歳。
   早いなぁ〜。(しみじみ…。)

  *こういうパラレルものの日常モード時では、
   ナミさんやサンジさんに押され気味のウチのゾロさんって、
   時々、某『ケロ○軍曹』のギロロさんみたく思えるのは、
   果たして筆者だけなんでしょうか。
   乱暴者で大雑把って方向へではなく、
   意味なく律義だから無駄が多いとか、スマートじゃないとか、
   要領の悪さで負け負けなところが…。
(苦笑)